僕と彼女が同棲を始めたのは、付き合いだしてから1年半が過ぎた頃だった。
僕は20歳。社会人2年目。彼女は18歳。高校を卒業して就職も決まっていた。
お互いの家も僕達が付き合っている事は知っていたし、付き合う事に反対する事はなかったのだけど、年齢的な事もあって結婚だけは許して貰えない状況だった。
それでも真剣に交際している事を2人で訴え続けていたら、
・双方の実家に援助は求めない
・子供は絶対に作らない
と言う条件で1年ぐらい生活しきれたら、改めて結婚の話をしようと言う折衷案を、駆け落ちでもされたら困るから、と言う理由で僕の母親が提案してくれた。
彼女の親も渋々ながら承諾してくれ、二人の生活が始まった。
6畳の部屋が2つ。狭いながらもバス、トイレ、キッチン付き。駐車場も1台分込みで、家賃は月35,000円。4世帯向け2階建て木造アパートの1階西側。
僕はソフト開発会社で開発職をしていて、時々不規則にはなりつつも、基本的にはカレンダー通りの休日がある会社員だった。
彼女は地元の百貨店で販売職に就き、毎日規則正しい勤務だったけど、僕とは休日が合わない事がほとんどだった。
それでも、同棲を始める前よりは一緒にいる時間も増えたし、月に1、2回は休日も重なってデートもできた。休日がずれる事で、良い意味でお互いに自分だけの時間も過ごせるね、なんて話もしていた。
新製品の制御プログラムの開発で3日ほど泊まり込みになる事になり、初日の朝、一緒に食事を摂りながら彼女に伝えた。いつもと変わらない、いつも通りの朝だった。
2日目の夜。制御プログラムを組み込むハードに問題が発生し、それ以上のテストができない事態に陥った。時間は深夜2時を少し回っていた。
結局作業もできそうにないので3日目は振替休日になり、全員帰宅する事になった。時間も時間だったので、帰宅前の電話は控えて僕も帰路についた。
……そういえば、明日は休みだって言ってたな。
……思いがけず休日が重なった事だし、久しぶりに映画にでも行って、帰りは何か食べに行こうかな。
……一緒に暮らし始めてもうすぐ1年だなぁ。
そんな事を考えながら運転していた車がアパートに着いたのは、多分4時頃だったと思う。
駐車場に車を入れたあと、アパート前の路上に停めてあった見知らぬ車は、他の住人の友人でも来ているのかな?と避けながら、ポケットから鍵を出して部屋のドアを開けた。
夜明け前で部屋の中はまだ暗く、居間に入った僕は灯りを点けた。
そこで、僕は違和感を覚えた。
寝ている間は閉まっているはずの、居間と寝室を隔てる襖が開いていた。
閉め忘れたのかな?と寝室に近づいて、僕は息を呑んだ。
いつも二人で寝ている布団で、彼女が寝ていた。
そして……彼女の頭の横に、一緒に寝ている誰かの頭が見えた。
布団の傍には、脱ぎ散らかした様子の彼女の下着があって。僕の物ではないトランクスも無造作に放ってあった。
一瞬思考が停止した後、我に返った僕は慌てて部屋の外に出た。
……やばい。部屋を間違えた!?
外に出たところで目の前に停めてあった車に行く手を塞がれた。
さっきは少し暗くてわからなかったけど、ダッシュボードの上に写真立てみたいな物が置いてあった。僕より年下っぽい男と手を組んで、楽しそうに笑っている彼女の姿がそこにはあった。写真の中の彼女は、この間の誕生日にねだられて、僕が贈った服を着ていた……
……そうだ。
……僕はポケットから鍵を出してドアを開けたんだ。
……ここは僕が彼女と住んでいた部屋で間違いない。
……あの布団の中にいるのは、この写真の中の二人なんだ。
僕はゆっくりと部屋に戻った。
寝室に目をやると二人はまだ寝ていた。
いや……起きていたかも知れない。寝息を立てず、息を潜めている様にも思えた。
僕はとりあえず居間のテーブルに手をついて腰をおろし、恐らくは裸で抱き合っているだろう二人が、横になっている布団を眺めた。
唐突に突きつけられた、彼女の裏切り。
嫉妬なんて一言では言い表せないほどの感情が僕の中で蠢いていた。
いつから。どうして。相手は誰だ。あの顔は見たことない。なんだ。なにが。どうなってる。考えたくない。もうどうでもいい。
怒りやら、悲しみやら、絶望やら、殺意やら。訳のわからない感情が渦巻いた。
目と鼻の先にあるキッチンには包丁だってある。居間の押し入れには引っ越しの時に使ったガムテープやロープだってある。
黒い感情が僕を支配してもおかしくない状況が目の前にはあった。
布団を眺めていた時間は覚えていない。10分だったのか。30分だったのか。1時間だったのか。
やがて僕は……
布団の中の二人に目を向けながら、静かに立ち上がった。
ショートショート2作目です。
相変わらず構成も推敲も甘いのはご勘弁いただきまして……
今回はリドルストーリーっぽくしてみました。
主人公は最終的にどんな選択をしたと思われますか?
“「選択」 【ショートショート:2011年6月作】” への1件のフィードバック