2007年09月作 「いつだろう?」


いつからだろう?
必要な事以外
話さなくなったのは

いつからだろう?
僕が話しかけると
君が顔をしかめる様になったのは

同じ家
同じ部屋
お互いがそこに居るのに

僕は君を感じられないし
君は僕を感じようとはしない

耐える事に疲れてしまうのは
いつの事だろう?


“2007年09月作 「いつだろう?」” への6件のフィードバック

  1. “一緒にいられるだけで幸せ”
    最初はそこから始まっているはず。
    でも、人間は欲張りさん。次はもっともっと・・・。
    際限なく求めてしまって、得られないと不満になる。
    一緒にいられなかったとしたら、得られなかった時間を
    “当たり前”と感じてしまうんですね。
    “幸せ”の基準値が上がっちゃうんです(笑
    狂ってしまった基準値を、見直すことが大切かもですね^^
    詩のままの意味に捉えていいのかどうかわかりませんが^^;
    そのままに受け取れば、お互いを感じていた頃を思い出して
    時間を遡るサプライズが必要でしょうね。
    毎日頑張っているのは誰のため?なんてことは
    無理やりどこかに押しやって、1日10分でもそのために時間を使ってみてください。
    幾つになっても、どんなにつくされても
    もっともっと特別でいたいのが女性なのです。
    男性は、ず~っとサプライズを用意しなきゃいけないのかもですね^^;
    役割だと思って、頑張ってください^^b
    (私の個人的な見解なので、参考程度に)

    私もこんな詩を書くようになりたいなーなんて、不謹慎なことを願う人もここにいるんですから!
    “幸せ”を見失わないでくださいね^^

  2. > てぃあさん
    詩の意味は、読み手にお任せしている兄です。
    てぃあさんが受け取られた意味もあるでしょうし、それだけではないかも知れません。
    てぃあさんが感じられた事は一つの真実なんだと思います。
    まずはそうですね・・・
    なんでも良いから話しかける事から始めますか。
    感想&ご意見、ありがとうございました。

  3. 書き込みした時にエラー表示が出たので、書き込めなかったかと思ったんですが
    書き込みできていたのですね^^;今頃気がつきました^^;ゞ

    詩の意味は、私も読み手にお任せしています^^
    詩の中に込められた意味の全ては、自分にも分からないかも?(笑

    でも、今一番読み取って欲しい人は、複雑な言葉の中から私の意図を汲み取ってくれます。
    相手に対する深い思い遣りと、理解しようとする気持があれば
    本意を読み取れるのだと思いました。
    今は、日々実感しつつ、感謝している毎日です^^
    詩を書くことが私の心の表現なのだと、私のやり方でいいのだと
    言ってくれた人です。
    「言葉」を大切に、頑張りましょう^^

  4. > てぃあさん
    エラーの件は割と問合せを貰うので、別途記事投稿しておきますね。

    以前、てぃあさんのところにトラックバックしていた記事に書いた事なんですが・・・
    該当記事は前サイトと共に消滅しましたけど、以下内容抜粋。
    -------------------------
    いつか必ず、結末は訪れます。どんな形であれ、必ず。
    自分としてはその時に、後悔したくないんですね。
    だから、相手を信じる事は当たり前な事で、
    大事なのは相手を選んだ自分自身を信じ続けてあげる事、
    だと思っています。
    -------------------------
    今でもこれは変わり無いと思っています。
    付け加えるならば、
    「もっと自分の気持ちを相手に伝える努力が大事」
    と言ったところでしょうか。

    「言葉」は本当に大切です。

  5. エラーについては、表示文をきちんと読めば理解できることでした^^;早とちりですみません。

    「後悔しない」というのは、男性が一番強く思うことなのでしょうか。
    私の大切な知人もそれを掲げて生きています。
    とても難しいことですね。
    結末が来た時に、後悔しないというのは。
    女性は、あれこれと考え悩むことが仕事のような生き物なので
    何事にも後悔を抱えるのかもしれません^^;
    それでも、相手を信じるということは、少しずつ学んでいます。
    そして、自分自身を信じることも。
    今はまだ言い聞かせながらですが、これが自然にできるようになったら
    一人前の大人でしょうか・・・ね?(笑
    兄さんの言葉は、深みがありますね^^

  6. > てぃあさん
    持論と言えば大袈裟ですけど、例えば一つ一つの結果が、ある結末に対する過程であると捉えるのならば、結末を迎えるまでは、後悔する事は無いんじゃないかと思っています。
    最も極端な言い方をすれば、人生の結末を迎えた人が、その後に人生を悔やむ事は「ありえない話」ではありますけど。

    兄は都合の良い解釈をしているのかも知れませんけど、後悔と言うのは、物事の結果に対して「後から悔やむ」事ですよね。悔やむと言うのは、終った事に対して、もうどうしようもない、諦めるって感じがします。
    結果を導き出した自分自身を全否定している感じが、寂しいと言いますか、悲しいと言いますか。
    何を以って結末とするかはともかく、兄は結果に対して後悔するんじゃなくて、結果を踏まえてこれからどうしよう?って感じです。「後悔」じゃなくて「反省」って言った方がしっくりくる感じですかね(笑)

    >兄さんの言葉は、深みがありますね^^
    そうですか?ありがとうございます。
    まぁ、底が浅いのは否定できませんけど(笑)

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